のんちの人生をよくする

身体障害と精神障害を持った人が結婚したいだけ

はじめに

昨日久しぶりに死にたいと思ってしまった。

本気で死ぬことを考えたけど、いつも一緒に寝ているぬいぐるみが一人ぼっちになるのかと思うとどうしても耐えられなかった。これが生きたいという感情なのかもしれない。

 

廣瀬久益さんの動画を最近見ている。そのなかで彼は気分を変えることの大切さを強調していることが多い。アダルトチルドレンは親からそのような方法を教えてもらわずに育ったのだから、今身につければよいということだ。

言われてみれば、あまり自分の感情に向き合ってもらったことがなかった。

誰がひどいとか、僕が何がだめなのかとか、そういうところにいつも親の関心が向いていて、親は僕についてほとんど関心を抱いてくれなかった。

 

まあそんなことはここではどうでもよく、とにかく気分を自分なりにコントロールしていくことから始めたいと思う。

 

まずは散歩を始めた。気分を変えるために。今まで朝に散歩をすることはよく試みていたが続かなかった。30分歩くとセロトニンが補給されるとか、あまり長い距離歩かないと意味ないとか、そういうところにばかり頭がいってしまっていて、自分の気分がどうなっているかなんて全く気にしていなかった。

なので、今朝は初めて自分の気分を変える目的ただ一つで散歩をしてみた。

ただ自分がしたいように散歩をした。

どこかの本で、音楽を聞かずに散歩しようと書いていて、散歩するときは音楽を聞かないようにしようと思っていた時もあった。

でも、それはやめて、今は音楽を聞きながら散歩したい気分だったからそうした。

音楽をしっかり聞かなければという意識も捨てて、自分の気分のままに行動した。

歩いている途中であることに気がついた。僕はいつも将来について考えているということに。目の前の景色は見ていても、頭はずっとこれからどうしていこうかということしか考えていない。

そうやって意識が将来に囚われていることを客観視してみると、なぜか自分に意識が向いたのか「空気がひんやりしていて気持ち良い」と感じることができた。

こういう感覚を優先的に受け入れて、目の前で起きていることに意識をしていく練習をしようと思った。

 

気分を変えるというのは本質的にそういうことなのかもしれない。気分が悪いから何かをするのではなくて、気分が良くなりたいからそうする ということだったのかもしれない。

 

僕の人生の目標は人生のパートナーを見つけること以外にはない。

やりたいことは何かと聞かれたら、それくらいしか出てこない。僕はそれを過去の経験からずっと諦めていた。だから死にたいと思ってしまうのも仕方ない。

だけれど、いつも一緒に寝てくれているぬいぐるみをはじめとして、友達も僕に期待をしてくれている。だから、このたった一つの目標を叶えるために一歩を踏み出す。

 

僕は今まで色々なことを試してきた。その中でも楽しいと思えることは、誰かと一緒に何かを成し遂げてそれを共有できた時だ。何をするかは僕には全く重要ではない。

誰かと一緒にそれが成し遂げられればなんでもいい。だから、僕は孤独な人生は選ぶことができない。色々と理不尽なことは多いかもしれないけど、やってみるしかない。

それでもできなかったら、来世に期待しよう。